2011年12月11日日曜日

出張先の宿で

街中の宿で、浴室とクローゼットとベッドルーム。

テレビが1台あった。

小型で、スイッチをひねるといくつかのチャンネルに表示が出る。

地上波が使えなくなる数日前だったからだ。

家では観ることのない、その土地の放送局の番組があった。

明日には自分には関係のない天気予報が流れていた。

これはいい。

音楽

救いです。

映画

ずいぶんと画像の精度があがってきていて、テレビ画面でVTRが観られるようになり、いまではDVDを観ている。

最初は撮る側だったのですよ。学校の授業を。

授業分析というのをやっていて、カメラをかついでいって、教室の1、2、3方向から撮って、あとで、それを編集する。

検討会で使うのだ。

あるとき、若い人から映画の見方をおそわって、それで、映画分析を趣味とするようになって、それだけが残っている。

洋の東西、古今を問わずなんでも観る。雑食系だ。

先輩には、ミハルコフとタルコフスキーを徹底して読め、と言われ、苦労した。苦労が今、快楽となっているので、これもまた不思議なことだ。

ここ数年で心を強く動かす映画を何か観ましたか。

若い時分には、酒の中にひたっていて、のべつまくなし、ひっきりなしに飲んでいたものだが、いまではすっかり量が少なくなった。

ほとんど頭が酒の方に向かないのですよ。

酒の方もかわってきていて、ジョニ赤、ジョニ黒などが関税のおかげで安くなって以来、スウィングやシーバスリーガルが飲めるようになり、今では、15年物、21年物、ウシュクベーなどと昔は手が出なかったものが、通信販売でも手に入る時代になった。

けれども、こちらの身体が求めなくなってきたといえる。

衰えですかねえ。

今やっていること

あれこれと雑事にまぎれてやろうと思いながらできなかったことを、少しずつやっているのだ。

きょうは、はじめて携帯電話を契約した。

銀色の本体で、てのひらに収まる。

自分の携帯を持つなんて考えてもみなかった。

なんだかねえ。時代に迎合したような気がする。

母と妹と姪っ子にかけてみた。

それで終り。

他の3人は家族割(?)だが、自分はそうではないらしい。

まあ、それでも交流の便利さという点では進歩なのだろう。

2011年12月10日土曜日

これからの時間

無為と有為との違いがあるでしょう。

それでも物理的時間は共有しているわけです。

不思議ですね。

今みることのできるのはこれから先の時間だが、そこに何を託すのか。

たとえば、今も世界はかわりつつあって、国民国家の単位が危うくなっている。

その運命にわれわれが立ち会える時間は、すくなくなってきているのだ。

何をみるかが、何をするかということと同じ意味を持つのは、案外、不自由なようでいて、自由の極致でもあるのだ。

どう思いますか。

四半世紀

あれもこれも四半世紀過ぎた。

無為の時間だった。

あなたはどうですか。

為し遂げておきたいと思ったことを、やってこれたのだろうか。

それならば、よいではないですか。