2020年5月20日水曜日

商返し

我が国の中世の法的慣習に「商返し」があります。
これに関して、開墾して新規に取得された土地が人手にわたった場合に、ある時間の経過ののち、開墾者本人や開墾者の子孫の所有に突然戻されることがあるという事例が講義において解説されました。
そのあとに受講生の一人から質問があり、人手にわたることにより対象が「けがれる」という価値判断と、元に戻されるべきという価値判断とは二律背反ではないかということが問題とされました。
ここに対象の変成と同一性との並存が認められます。別のシステムの分野でも問題になることです。
オペランドとオペレータとの混同とみることもできるでしょう。

2020年3月29日日曜日

新しい季節

ようやく、昭和時代の文芸に関する仕事がおわりました。

また、先日、教育の世界についての仕事もおわりましたので、今は次に何をやるかを検討中です。

音について、マスメディアについての宿題でおわっていないものがありますので、そこにエネルギーを集中させようかなと思います。

でも、より広い領域に踏み込みたいですね。

2019年12月9日月曜日

asyncの再検討

『美術手帖』の2017年5月号の坂本龍一氏の特集を読んでいます。

非同調の採用、あるいは無意識的に発生する非同調の認識に注目したコンセプトであったと思います。

この視点を、高島直之氏の説く、「芸術の不可能性」と並存させてみるとしたらどうなるか。

武蔵野美術大学出版局による高島氏著『芸術の不可能性』の内容紹介は、以下のとおり。

前衛芸術が生まれた19世紀末から20世紀初頭は動乱、革命、戦火の時代だった。1907年のキュビスムのセンセーション、1909年の未来派宣言、1916年チューリヒ・ダダを嚆矢とする世界的なダダ・ムーブメント、1924年ブルトンによるシュルレアリスム宣言。1930年瀧口がブルトンの『超現実主義と絵画』を訳出して以来の、中井、針生、岡本、中平へと続く前衛芸術受容の日本的困難と屈折を、社会的事象とともに論じる

やはり外国語は翻訳ではなく、外国語で読み込むのが受容の基礎であり、また、「日本」という限定的風土からの脱出の契機もそこにあるのではないかと思います。

2018年7月20日金曜日

2018年5月21日月曜日

寒暖差と音

寒暖差の大きな日に音を聴くと、いつもとは違って聞こえます。

それは、きっと、音を補正しようとするからです。

聴覚が当たり前の方に一切を引き戻そうとするからです。


祈りの場合も同じことでしょう。