2021年7月13日火曜日

ショパンの夜想曲62-2

 ディノ・チアーニの演奏です。音の表情に、奏者自身の演奏時の表情が重なり合います。すなわち映像で視聴したのですが、流麗たること見事なものでした。

2021年7月11日日曜日

1ケ所で、リヒテルを賞賛するルフェビュール

 これは、内実を確認したかったところです。両者はずいぶん異なります。

ルフェビュール、リパッティ、フランソワ。

ちなみに、アントルモンのことをリヒテルは否定していました。ここからは別の話になりましょう。

2021年7月5日月曜日

ギレリスのシューマン「アラベスク」

 わたしの師匠は、ギレリスの演奏が国際派、という俗称を得ていたことを、当然の評価であると考えていました。ベルギー、カナダ、アメリカをめぐって修道生活をしていた人物ですので、自らの経験と知識とに基づく判断でしょう。

このシューマンの録画は、アラベスクというヨーロッパ中心主義の否定的契機の表出である曲を、「ロシアの」立場から「ロシアにおける異国情緒」の感覚を残して演奏することに該当するのでしょう。タタール主義への感覚です。

面白いです。







2021年7月4日日曜日

こころ豊かな鉄道の旅

 汽笛が胸にしみます。いま、汽車に乗っているような気がします。

2021年7月2日金曜日

棋戦譜

棋譜は、反転させることができます。しかし、これは本物の反転ではありません。このことは、楽譜にある音符を逆行するときにも同じことが言えます。時代は変わっていて、録音をさかさまにたどることが可能ですが、音の列は音符の順に楽譜通りに反転させても、ニセモノの反転にしかなりません。


アンドレイ・タルコフスキーは『鏡』を創作するときに、このことに気が付いていたはずです。そして、より直接の認識は、セルゲイ・エイゼンシュテインにおいて得られていたはずです。

2021年6月28日月曜日

無、を使いこなす

 無、を使いこなしたいものです。

汎ー時間のスタイルであると、「無を用いない」という条件故に、ひどい自己犠牲を強いることになります。

例えば、吉田健一氏は、小林秀雄氏の水準の乗り越えに成功しましたが、この方法では、小林氏の認識のループからは、小林氏自身は脱却できません。

無、を使いこなしましょう。


2021年6月26日土曜日