ラベル 時間 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 時間 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021年7月2日金曜日

棋戦譜

棋譜は、反転させることができます。しかし、これは本物の反転ではありません。このことは、楽譜にある音符を逆行するときにも同じことが言えます。時代は変わっていて、録音をさかさまにたどることが可能ですが、音の列は音符の順に楽譜通りに反転させても、ニセモノの反転にしかなりません。


アンドレイ・タルコフスキーは『鏡』を創作するときに、このことに気が付いていたはずです。そして、より直接の認識は、セルゲイ・エイゼンシュテインにおいて得られていたはずです。

2021年6月28日月曜日

無、を使いこなす

 無、を使いこなしたいものです。

汎ー時間のスタイルであると、「無を用いない」という条件故に、ひどい自己犠牲を強いることになります。

例えば、吉田健一氏は、小林秀雄氏の水準の乗り越えに成功しましたが、この方法では、小林氏の認識のループからは、小林氏自身は脱却できません。

無、を使いこなしましょう。


2020年5月20日水曜日

これからの予定

秋月禅学が狙った、瀧澤氏の「不可分、不可同、不可逆」についてです。 また、野口米次郎氏の論考『寫樂』、『詩の本質』に取り組むこととなりましたので、しばらくお休みです。

2015年11月27日金曜日

そして枯木は不自然ではない

そして、尺八の音があります。

海童道宗祖。

枯木は不自然ではない。

そのように認識し、表現したものと思われます。

すべてがそこにあります。

2014年8月29日金曜日

概要(2011年11月18日)

生きるものは、はかない。そのはかなさに抗して、はかなさではない何ものかを確認しようとする。

生と死の価値の再認識は、確認の過程と確認を通過した後のどうしようもないはかなさへの立ち返りの過程をそれぞれ意識的にたどることだ。

生の再認識も、死の再認識も、いずれはかなさの圧倒的な力に引き戻される。

人は常に重力を受けている。いずれ地に伏すべきことを約束する重力を。


このことを、既出のタルコフスキー論に合わせても、宗教論に合わせても、音楽論に合わせても根本の課題は変わらない。

2013年12月13日金曜日

ヨオロツパの文化

EUとは、ほぼ標準時を共有できる人々の集合体です。

2013年12月12日木曜日

標準時という思想

グリニッジ標準時、という一個の思想があります。

日本はGMT+9:00です。

この差異に伴う文化的性質の差異はいかなるものでしょうか。

そのことが私の持つ問いの中ではかなり重要なものなのです。

優等性と劣等性。