知り合いから貰った標記のCDを聴いている。
全15曲で、ボーイ・ソプラノとフルートとオルガン演奏。
フランク、モーツァルト、バッハ、シューベルト、フォーレ等選曲良し。
ところで、声は一意に定まった音なのだろうか。
ヴァレリーは、音楽の中には一足飛びにひとの理想に到達する完全なものがあると観たのだが、完全を期さない音の中にもひとの理想の達成がある、また、完全、の概念を人の表現の多様性、多層性に求めて拡張することも必要なのではなかろうか。
ということだ。
全15曲で、ボーイ・ソプラノとフルートとオルガン演奏。
フランク、モーツァルト、バッハ、シューベルト、フォーレ等選曲良し。
ところで、声は一意に定まった音なのだろうか。
ヴァレリーは、音楽の中には一足飛びにひとの理想に到達する完全なものがあると観たのだが、完全を期さない音の中にもひとの理想の達成がある、また、完全、の概念を人の表現の多様性、多層性に求めて拡張することも必要なのではなかろうか。
ということだ。