わたしは、時々よみがえってくる師匠の戦時の記憶に、その追憶にしばしば付き合わされました。
このことは、時には理解の難しい話題であり、その際にはわたしは良い聞き役ではなかったかも知れません。ただ、ひたすら聞きました。
文学者でいうと加藤周一氏らの世代にあたるのでしょう。
戦後、平和や戦争について世代間の意見の相違や対立があるとき、この人々の上の世代、例えば小林、河上両氏らは、出征しておらず、それよりあとの大岡昇平、加藤周一、吉本隆明氏らは兵隊経験があり、さらにその後の世代にはそれがない、という三層構造は議論の推移にとっての根底的な動機、理由付けの材料として有形無形の影響を持っていました。
いま、同様の議論にとって必要な戦争体験者の声が薄れつつあり、すなわち三層が二層になりやがて一層に変わった段階で、はたしてわれわれは充分に平和あるいは戦争についての考察を行えるのか、という自問を必要としているのかも知れません。
深い傷跡と、信仰への道。それはまた別種の問題でありました。
このことは、時には理解の難しい話題であり、その際にはわたしは良い聞き役ではなかったかも知れません。ただ、ひたすら聞きました。
文学者でいうと加藤周一氏らの世代にあたるのでしょう。
戦後、平和や戦争について世代間の意見の相違や対立があるとき、この人々の上の世代、例えば小林、河上両氏らは、出征しておらず、それよりあとの大岡昇平、加藤周一、吉本隆明氏らは兵隊経験があり、さらにその後の世代にはそれがない、という三層構造は議論の推移にとっての根底的な動機、理由付けの材料として有形無形の影響を持っていました。
いま、同様の議論にとって必要な戦争体験者の声が薄れつつあり、すなわち三層が二層になりやがて一層に変わった段階で、はたしてわれわれは充分に平和あるいは戦争についての考察を行えるのか、という自問を必要としているのかも知れません。
深い傷跡と、信仰への道。それはまた別種の問題でありました。