2012年11月4日日曜日

ヴァレリーと音楽

「聴覚の世界に関しては、音や、響や、聲や、音色が、今後我々の手の内にあるのだ。」(河上徹太郎氏訳)

これは、録音のことだ。

「愉しみの時を選ぶことが出來ること、しかも精神が欲するだけでなく、魂や肉體が要求し、又既にその輪郭を大體描き出してゐる時に味ふことが出來ること、それは作曲家の意思に非常に有力な機會を與へることである。何故なら、それは作品をしてその産れ出た所の、生きた世界と殆ど違はない世界に蘇らせるやうなものだからである。音楽藝術家の仕事は、それが作曲家であれ演奏家であれ、此の録音された音樂の中に、最高度の美的製作の本質的條件を見出すのである。」

音の偏在。