2011年12月23日金曜日

趣味

定家氏が百首を集めたのは趣味の範囲の内であるのだろうか。

それならば、ふすまにはろうが、びょうぶにはろうが、自分の山荘で何をやっても自由なことだろう。


趣味人が自由にやっていた選択を、他人が持ち出した。

例えば宮澤賢治氏の手帳から「雨ニモ負ケズ」が公開されたように。

それならば、そもそも百人の選び方がどうのこうのと語る方がおかしい。


歌人にとっては、歌を取り扱うのが仕事であった。

そういう専門家が趣味で(もしかしたらね)集めたことが、官撰並みに受け取られて、千何百年たっても、読まれる。

子どもにまで読まれる。

そのことがよいのだ。